1話:シンの殉教(5/29,09)

1.シンと言うクリスチャンの人がローマの時代にいた。
シンにはサロメと言う妻とビルと言う息子がいた。
2.「ローマ兵士が来るぞ。さっ!奥の部屋へ隠れて。」
3.ゾルと言う兵士が来た。「俺はローマ兵だ。この家にクリスチャンはいるか?」

1.ゾル:「お前はクリスチャンか?」
シン:「俺はクリスチャンだ。妻と子供は違う。」
ゾル:「クリスチャン虐殺の命令が出ているのは知っているだろう。
どうしておまえは死のうとするんだ。」
2.サロメ:「ちょっと待って!殺すなら私を殺して、
私をかわりに連れて行って私もクリスチャンだから。」
ゾル:「いいだろう。」
3.サロメ:「でもこのお金でなんとかならない。」
ゾル:「よし、受け取ろう、そして今回は見逃してやろう。」
4.ゾルは去って行った。

1,それから数日たって。ゾル:「悪いが前回は見逃したが閣下の命令で代表者を捕まえろと言われたんだ。」
2.ゾル:「このクリスチャンで有名な代表者のシンをとらえろ。」
3.母サロメが息子のビルに言う。「お父さんが殺されてもうらんではだめ。
お父さんはよくこう言っていたは、人は死に方を選べるだけ幸せなんだって。」

1.シンは闘牛場で牛に殺された。
2.ゾル:「俺はローマ帝国のクリスチャン虐殺にはもう賛成出来ない。
クリスチャンの味方になる。ローマ帝国への反逆者として殺されても構わない。」
3.反逆罪でゾルも闘牛場で殺された。
ナレーター:
私は思います。
誰も死にたくありません。
死を選ぶ人も死にたくはないでしょう。
本当に生にふさわしい人とは誰でしょう。
誰も少しは完璧でないので罪は犯すものです。
罪を犯すものは生にふさわしくないのです。
しかしキリストを信じるだけで天国、次生では命は保存されます。
キリストが代わりに罪の刑をしょって下さったからです。
どうせ、人は死にます。どうせ死ぬんだったら、
今、死をかけて生きれるんだったら、それはかっこいい事だと思います。
私は死ぬのを選ぶにしても、生きるのを選ぶにしても、
目的は一つ『キリストが命を与える事が出来る』事を広めるのが目的でしょう。
出来るだけ生きましょう。
命を保って、幸せに生きてもらいたいのが、神様です。
もし、『キリストが命を与える事が出来る』ために死ぬとしても大丈夫です。
『キリストが『永遠の』命を与える事が出来る』事をかくして生を選ぶ事は
よくないですが。
キリストが本当の命です。
これが福音です。
死ぬにも生きるにも福音を掲げるのです。
絶対にもうクリスチャンは信仰の中に大丈夫だからです。
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