すべての罪人へ(罪の問題性)


「イエスは正しい人を招きに来たのでなく罪人をです。」
すべての人は罪人です。罪を犯さなかった人は一人もいないし、
罪のとがめをどこかで感じて日々生きている物です。
少しのパン粉がそのパンを膨らますように。
少しの罪も、その人格をむしばみます。
この世界を病気にします。
罪を思う事さえも罪です。この病原菌の罪には治癒が必要です。
罪はこの世界の第一重要問題で解決できるべき物だと思います。
この世の罪を私たちの手で解決しないといけないと思います。
福音伝道ほど、これを解決する道はないと思います。
罪を解決するには時間がかかりますが、
根気よく戦い、イエスを述べ伝えイエスに祈り、
イエスの血の許しの力を信じてもらうのです。
信じるのです「罪の世にしたら負けだと。」
イエスに頼るのです。

警察が罪を解決するのでなく、警察が権力を持っている訳でもなく、
政治家が罪を解決するのでなく、政治家が悪い人を捕まえる訳でもありません、
裁判官が罪を解決するのでなく、裁判官が権力を持っている訳でもありません。
本当の自由は罪人が「警察、政治家、裁判官」の前に立つ事
でもありません。それらの人々がいる事は恵みですが、

本当の自由はまず人々が神の前に立って心を点検し、愛の道に悔い改める事です。
聖徒は人々の中に入って行き、人々に主権、個々の人の決断を尊重し、
民一人一人に主権を持たせましょう。みんなにです。他者を持ち上げましょう。
個々は神の前に立ち、神の主権のもとに聖書を家で読んで、
どのように罪人と接したら良いか学ぶべきです。
どのように他者を愛するのか学ぶべきです。

聖書はみんなが一つの家族になって愛する事を願うでしょう。
民がみんなが家族のようになって、その大家族の中の中心に愛
をそえるのです。神様の前に立って愛するのです。
十字架の許しなくして、神からの許しはありません。
民が家族のようになって、いたわり、許し、笑い、お互いを必要と
し合う事をしないといけないと思います。
罪を過去の成長材料に変えないといけないと思います。
罪を過去の自分の恥とし、笑い忘れられたらなんと幸いな事でしょう。
罪をみんなで解決していきましょう。
個々の本当の自由の力で。私達で共に論じ合い許し合いましょう。
民の前から罪を取りのけましょう。すぐには直る物ではありません。
根気よく付き合いましょう。人は常に罪のとがめは感じるものです。
私達はそれに常に接し癒しを常に必要とする弱いものです。
知らずとそれをみんな必要としているのではないでしょうか。
それが成長と言うものではないでしょうか。
愛の自由の律法を一心に見つめ守って走っていきましょう。


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