神に抱擁された事のない人へ(抱擁の必要性)


人は比べたがるけど。
その比べる基準は何なんでしょうか。
お金でしょうか、友人関係でしょうか、家族関係でしょうか、
洋服でしょうか、食べ物でしょうか、学歴でしょうか、
持ち物でしょうか、知識でしょうか、業績でしょうか、
比べるがゆえの競争でしょうか。
比べるがゆえの生きがいでしょうか。
ミエを張るために生きていないでしょうか。
でも

ただ、生きれると言う事をうらやましいと言われたらどうします。
何の飾りもいらないのでは。
どんなかっこつけもいらないのでは。
どんな言葉もいらないのでは。
どんな業績もいらないのでは。

本当の基準
ありのままでいい、
ありのままとは何でしょうか。

私達の社会では見えずらい事でしょう。

ありのままとは、
飾れない自分の正体、
情けない自分の正体、
ろくな事も語れない本性、
罪人、
ボロボロの自分、
を抱きしめてもらえる事ではないでしょうか。
抱きしめてやって下さい。
話していいんだよ。
ありのままを。
告白しても大丈夫。
受け止めてあげる。
そのありのままを告白して下さい。
神は真実な方ですから、
その事を一番誉めてくれるでしょう。
世は完璧を求め、弱肉強食を求めるでしょう。
イエスは告白を求め、ありのままのあなたを知っています。
あなた自信で自分を成長させるといっても限界があります。
自分でありのままを吟味した上で、あなたのすべてを知っている神様に
成長の鍵を握らせて下さい。
祈って下さい。
幸運を祈ります。
自分で自分の運命を決めるのはわがままです。
聖書の道は真実な愛です。
「私を(なになにの)ように変えて下さい」、と祈って下さい。


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