伝道出来ないクリスチャンへ(人を恐れてるのか神を恐れてるのか)


確かに日本の政府は国民を助けてる国だと思う、
そう言う国でいい事や平和や感謝はある。

でもクリスチャンを嫌う日本社会の中ならどうして出世を願えよう、
出世するくらいなら喜んで十字架の様にじわじわ殺されよう。
(耐え忍ぼう。)今は隠れる信仰を持とうとする時代じゃない。
 
日本社会はクリスチャンを憎む、罪と自我を愛し過ぎだ。

赦しがイエス以外の所に存在するなら嘘だ。赦しは忘れ合うのでなく、
イエスが私達の罪を背負って下さって始めて成り立つものだ。

日本でもクリスチャンになりたい人が一人でもいるなら幸いだ。
クリスチャンになりたい人のために戦おう。

クリスチャンと世が敵対するのは当たり前だ。
世は悪魔の支配する所だからだ。
クリスチャンは悪魔と妥協して生きてはいけない。

はっきり言って日本の中での罪にうとい所は嫌いだ。
もちろん叱責を受け止めてクリスチャンにはやがてなる事を信じて愛したい。
クリスチャンは最高に好きだ。
酒飲んで、ギャンブルや女に溺れてる世、
人生の自慢話、肉の欲、目の欲の世の中に生きている本物の罪人と
浄められた罪人であって悔い改めるクリスチャン。2種類の罪人がいる。
本物の罪人生活とはもう卒業した。聖なる哀れみ深い罪人になるだけだ。

クリスチャンとしての十字架刑にしようとされるものならば、
そのイエスの名のためにふさわしい者とされてる事を喜ぼう。

まだまだ日本はみことばを信じなさすぎる罪と妥協してる国だ。
クリスチャンである事を隠したがる人がいるのは実は罪を愛してるからだ。
信仰に固く立たないと世の罪の深みにはまってしまうだろうに。
金がないのがみじめか、愛がないのがみじめかはっきり考えて欲しい。

私はそんな金なら断る。はした金に持ちあわせはない。
金にへつらう者とも縁を断ちたい。それなら金はあげないよと言うだろうに。
それなら神にある命は断たれると思えと言いたい。
金でもあなたでも世のあらゆる力ある人が私のボスではない。
そんなボスに何か変な事をさせられたらたまったもんじゃない。
いろんな魅力的なものを与えられる人もいるが、そんなものたかが知れている。
本当の魅力的なものはどうせ罪がからんでくるだけだ。
私の本当の魅力的なものは神だ。
あなたにたとえどんなものを与える事が出来るとしても
神様が私のボスだ。神様に仕え続けるだけだ。

神の敵対者ならなおさら関わり合いたくない。
祈りたくもない。教会に来るな。
結局そう言うクリスチャンは去るもの。
教会は神の側に立つ者が集い続けるいこいの場だ。
十字架が私のすべてだ。
罪人が立ち返るには大変な忍耐が必要だ。
神を信じて悪をやめよ。

十字架が私のすべてだ。

2019.1.23
2021.9.25


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