環境


人を責めても答えはありません。
世のせいにしても答えはありません。
環境のせいにしても答えはありません。
どんな方法で自分を正当化しようとしても実はできないのです。
自分は正しいと言えないのです。
罪人として産まれてきましたから。

人に頼っても
世に頼っても
環境に頼っても
罪人として産まれて来たのは事実です。

神様は罪の問題の解決を一つ用意されました。
それはキリストの愛により頼む事によってです。

そして、つらくて、神のせいにするのでなく、
人類の問題の根源の罪を見つめるのです。
そして、神がすでに十字架の愛でその罪を許した事を信じるのです。

まだ、つらいのは、もう罪のせいでなく、
神の懲らしめ、神の愛のむちがゆえです。
あとは、つらくても、楽でも、どっちでも満たされるのです。

神のせいにするんだったら、次は神のおかげ(唯一のキリスト)を信じるのです。
まだつらいのも神のおかげで主権なのです。

まだつらいのは感謝です。
まだつらいのは見捨てられてない証拠です。

主よ。あなたの愛から逃げないようにして下さい。
キリストが罪を許しに来た事が人類への愛です。
主よ。そして、苦しみから逃げないように変えて下さい。
主よ。満ち足りる心を伴う敬虔を学べるようにして下さい。


(人のおかげなら、世のおかげなら、環境のおかげなら、
それらの物を下さっている神にもっと感謝し、何よりも御子にもっと感謝すると思います。
なぜなら、もっとすばらしい計画が御子に隠されているのです。
人類の救いを自分だけのためでなく 人類全部のため人のために神のために喜び、伝道し、神に仕えるのです。)





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