2002年
7月:祈り(イエス様との関係)
8月: 感謝
9月:許し(アメリカのテロと関連づけて)
10月:ライン(詩)
11月:神様は愛
12月:愛




●2002年/7月:祈り(イエス様との関係)


イエス様
あなたにはいろいろな顔があります。
情熱的だったり、
愛に富んでたり、
情けに富んでたり、
恵みに富んでたりします
時におこり
時にきびしく
時にほめ
時に許し
いろいろな顔を見せますが
あなたのその表情は愛です。
あなたの顔は時にかなって美しいです

勘違いが起こるかもしれませんが
勘違いで生きているのかもしれません。
あなたの笑顔が見れるようにして下さい
あなたの御顔が見たいだけなのです
あなたの愛が深く解りますように

私達の愛とは次元が違って
あなたの愛とは奥が深いものですから
私には何が正しいかも解りません。あなたが義で答えです。

私達は心の中に葛藤があります
時に訳もなく怒り
時に文句をいいます
時にあれもこれもほしいといいます。
神様の愛の深さを知れば知るほど
平安を得られる物です
満たされる物です

イエス様 あなたは十字架に向かわれる時、当たり前のように文句を言われず
私達1人1人の罪のために向かわれました

永遠のあなたとの関係ですが
長い道のりですが
満たされる道を歩めますように

神を求めれば他の物は心配いらないようですが
神で満たされますように

アーメン 9/26,02


● 8月:感謝

不平に勝つ物はいままでの奇跡への感謝。


●9月:許し(アメリカのテロと関連づけて)

2001年、9月11日テロがアメリカのニューヨークで起こりました。
「実行犯は死刑になるのは当たり前の上、それだけでも悔いが残ります」と
言う人がいると思います。
イスラエルの歴史では5人ぐらいと寝た女は石打ちの刑で死刑と言う時代もありました。
死刑とはどう言う人に下すのでしょうか。
裁判の時、何を元に許すのでしょうか。
どこまで簡単な罪で死刑になるのでしょうか。
どこまで重い罪で死刑になるのでしょうか。
死刑、死刑でないにしても罪をした人(軽すぎても重すぎても)が許される、
そして生き続けるに大切な条件
とはその人の態度でしょう。
たくさんのクリスチャンを殺したパウロ
(聖書の中での後のクリスチャンのリーダーと成りました)
はクリスチャンにイエスによって許され変えられました。
その後の態度とは「罪をしない、する」のレベルを超えて迫害を喜びとして
イエスのために全生命、全瞬間をかけて生き変わりました。許しを延べ伝えました。
(イエスの十字架を)
あなたも神の前に来て態度をよくしてその 小さくても大きくてもよい
罪を許してもらって見ませんか。
クリスチャンになっても汚れる物です。キリストによって常に洗われ
きれいな聖のキリストに近付こうではないでしょうか。
9/26,02


●10月:ライン(一つの線)

一節:ライン一つだって意味を持たせないと
いくつもラインを引かないと
一つのラインでも豊かなのに
何本もあったら豊かなたくさんの何かを生み出す
あなたはもしかしたら一つのラインかもしれない
その一つの生きているラインが美しい
生きている姿勢が美しい
もしかしたら身近な人かも
今でもなく、いつかかも
いつもかも
その一つのラインの豊かさが他人と言うラインの
豊かさの助けになっているのかも
知らないうちに
11/1,02
ニ節:悪い事してないかも、したかも、
いつも物事うまくいかないかもしれない
でも本当のあなたは生きている
あなたをさらに生かしたいと愛しておられる
命を捧げられたイエスがいる
11/6,02


●11月:神様は愛

人は苦しい時、文句を言い。
解放された時、喜びます。
神様は愛と信じない時、罪の世界に生き
神様は愛と言う時、望むでしょう。

(解放の力は恵み、豊かさ、平安、聖霊
喜び、愛、哀れみ、うれしさ、誉れ。)

自分はこう思います。
キリストを見ないと愛する事が出来ない。
キリストは聖霊、神、言葉
11/29,02


●12月:愛

愛したいから生きる。
キリストは罪を取り払うために来たと思う。
真に愛すると罪は感じないし、究極の愛はキリスト。
12/25,02







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